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医者いらず健康長寿処方箋㉕

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康
〈現在、多くの府県師会より講演依頼を受けています。ぜひ貴師会でも!〉


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。専門書、一般書のご執筆をはじめ、マスメディアでも大活躍、「予防医療」の研究と普及に取り組まれています。

「生体のストレスとホルミシス」

 私の娘が可愛がっている子犬のポメは、食欲が無い時や下痢をした時などには無性に室内の観葉植物を食べたがる。寄生虫でも居るのだろうと思いながらポメが食べていた葉を噛んでみたが、案の定、それらには強い苦味や渋味があった。この苦味や渋味は、それが危険な物である事を知らせる味覚情報である。医薬品の多くも基本的には毒物であり、適量を用いれば薬となるが、多過ぎると副作用と呼ばれている毒性を発揮する。「毒でなければ薬ではない」とか「良薬は口に苦し」などと云われる所以である。
 薬物ハンター達は、体調の悪いゴリラやチンパンジーの糞の性情とその際にどの様な植物を食べるかを調べ、それらの植物が既知の薬効成分や新薬となりうる化合物を含んでいる事を発見してきた。生まれながらに室内犬として育ったポメには苦い葉が薬である事を学習する機会は無いので、これは多くの動物の本能に組み込まれた生存反応であろう。
 一カ所に固定されて環境から逃げる事の出来ない植物は、害虫などから身を守る為に何億年もかけて様々な防御機構を進化させてきた。それが苦味や渋味のある毒物であり、天然の殺虫剤である。害虫を寄せ付けない苦味成分は多くの病原菌に対しても有毒である。昆虫の口にはヒトの味蕾に似た味覚受容体があり、甘い樹液に群がり、苦い毒物は避ける様に脳に信号を伝えている。
 植物性ポリフェノールの多くは抗酸化作用を介して身体に良い影響を及ぼすと考えられてきた。しかし、抗酸化機能が確立されているビタミンCやビタミンEなどに比べ、ポリフェノールの直接的抗酸化力は驚く程低い。茶の渋や柿のタンニンは代表的なポリフェノールであり、その渋さ故に青くて未熟な実は種子が成長するまで鳥やサルなどに食べられることはない。赤く色付いてその毒性が弱まると、甘くて美味しい果実として動物に食べられ、種子は肥料となる糞とともに広範囲にばらまかれる。
植物の苦味成分の多くは細胞毒であり、微量で様々なストレス反応を誘起する。ヒトでは軽度のストレスに対してホルミシスと呼ばれる生存支援反応が誘起され、ストレス負荷前よりも生存能力が強くなる。この様なホルミシス効果を有する化合物としてワサビのアリルイソチオシアネート、ニンニクのアリシン、トウガラシのカプサイシン、カレーのクルクミン、コーヒーやお茶のカフェインなどが知られている。これらの化合物は古くより調理のスパイスや嗜好品として利用されてきた。その多くは、抗菌作用のみならず、味覚や嗅覚を介して脳を刺激して食欲を亢進させる物が多い。その主要な作用機序は細胞膜受容体を介する代謝制御作用やホルミシス作用である。このホルミシス反応により内因性の抗酸化防御システムが強化され、細胞死も抑制される。これらの化合物が細胞傷害を抑制する作用から抗酸化物と誤解されてきたのである。
 ホルミシス反応は、植物性化合物や医薬のみならず、物理的刺激や精神的刺激でも誘起され、生存能力を強化する軍事訓練として機能している。運動による筋肉の炎症反応、心臓への適度な負荷刺激、精神的ストレスによる精神力の強化などもホルミシス反応によるものである。循環系への適度なストレスはプレコンディショニングと呼ばれ、軽度の狭心症発作を繰り返す事により心筋梗塞時の深刻な傷害が軽減されることが知られている。絶食による低血糖も脳にストレスを与える。これを利用した健康法が断食療法やイスラム教のラマダンである。適度な断食は神経細胞の生存能力を強化し、神経毒に対する抵抗性を高めてアルツハイマー病やパーキンソン病になる可能性を低下させると考えられている。
 NAD依存性ヒストン脱アセチル化酵素のサーチュインは、酵母の老化反応を抑制して寿命を延ばす事が知られている。サーチュインはほ乳類で炎症誘起因子等の遺伝子発現を抑制し、エネルギー代謝と老化関連遺伝子の発現を制御している。このことからサーチュイン遺伝子は長寿遺伝子とも呼ばれている。断食によるカロリー制限や赤ブドウに含まれるレスベラトールはサーチュインを活性化してホルミシス反応を誘起する。動物にとっての永遠の宿敵は寄生虫や病原菌であるが、それらの脅威から身を守ってくれるホルミシス誘起物質は天然の薬である。現在使われている医薬品の多くはホルミシス反応を介して薬効を発現している。医食同源や薬食同源と呼ばれる概念は、ヒトのみならず過酷な進化の歴史を生き抜いてきた多くの動物にも当てはまる。その基本的反応には生物の生存機能を強化するホルミシスが大きな役割を果たしている。鍼灸マッサージではツボを刺激するとイタギモチ良く響く。この適度なストレス刺激の一部はホルミシス作用を介して生体機能を改善していると考えられる。

転載:月刊東洋療法262号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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