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医者いらず健康長寿処方箋㉗

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「廃用性萎縮とサルコペニア」

 現役時代には猛烈社員として元気に忙しく働いていた方も、退職して活動量が少なくなると様々な機能が低下してくる。使わなくなった機能が低下する現象は廃用性萎縮と呼ばれ、あらゆる臓器や細胞に共通の変化である。特に骨格筋ではこの現象が著しく、サルコペニアと呼ばれて高齢者の重要な健康問題となっている。宇宙飛行士が無重力空間で運動せずに数週間過ごすと、地球に帰還した際には自分の体重を支える事すら出来なくなる。寝たきりの患者でも同様の筋萎縮が起こり、特に足を15度ほど高くして寝ると下肢の筋肉の萎縮が加速される。骨盤内のリンパ節を手術で郭清した癌患者では下肢の浮腫が起こりやすく、この様な体位をとる事があるので深刻な問題となる。
 寝たきりでなくても脚腰の筋肉は衰えやすく、通常の生活でも歳と共に低下していく。この為、年齢と共に低下する筋肉の成分をサプリメントで補う事が推奨されている。ミトコンドリアの多い筋肉では電子伝達系の成分であるコエンザイムQも年齢とともに低下していくことから、アンチエイジング効果を期待した様々なサプリメント商品が販売されている。しかし、加齢などで使われなくなった筋肉ではエネルギー要求量が低くなり、コエンザイムQのみならずミトコンドリアも少なくなる(マイトペニア)のである。
 サルコペニアでは筋肉の減少と同時にミトコンドリア自体も低下するマイトペニアが起こっているのである。
 ミトコンドリアの電子伝達系や代謝系に関与する蛋白質や栄養素は数百種以上もある。従って、栄養不良でビタミンなどの成分が低下している場合を除き、加齢に伴い低下したミトコンドリアの成分の一部のみを補う事にはあまり意味が無い。ミトコンドリアの量は細胞のエネルギー要求度により制御されているので、筋肉が働かなければ廃用性萎縮によりミトコンドリアも減少していく。
 加齢に伴うサルコペニアではミトコンドリア自体をも増やす必要があり、筋肉では運動によってこれが可能なので、健康維持には毎日少しでも動き続けて筋肉の萎縮を予防する事が大切である。幸い筋肉は何歳になっても鍛えて維持する事が可能である。女優の森光子さんは晩年まで舞台で元気に活躍されていたが、これは毎日スクワットなどで脚腰を鍛えていたからである。
 エベレスト最高齢登頂者の記録を維持したい三浦雄一郎氏も過酷な筋トレに励んでいるが、通常の高齢者があの様なトレーニングをすれば害の方が大きいであろう。実は、日本の健康長寿者の多くは特別な運動は行っておらず、筋トレに励むアスリートが健康長寿者であるとのデーターも無い。その代わりに彼らの多くは良く歩き、小まめに体を動かしている。様々な身体運動の中で、歩く事が筋肉や脳も含めて全身臓器の廃用性萎縮を予防する最も安全で有効な方法なのである。立っているだけでも様々な筋肉が働き、歩けば更に多くの筋肉や脳の神経血管系を鍛える事ができる。高齢者が寝たきりになる最大の原因は転倒骨折なので、家では手摺りを付けて段差を無くすことに加え、足腰を鍛えて転倒を防止する事が大切である。健康の基本は快眠・快便・快食なので、日々の食事には肉や魚貝類に加え、腸内細菌のバランスを整える海藻やキノコなどの食物繊維を摂取する事も大切である。腸内細菌の代謝産物である酢酸、酪酸、プロピオン酸などの短鎖脂肪酸は、腸の蠕動運動を亢進し、免疫機能制御、抗うつ作用、認知症予防効果などにも有効である。快便には便の適度な量と柔らかさが必要なので食物繊維が特に大切である。ちなみに、長寿者の多い沖縄県は海藻摂取量も日本一多かった。
 運動神経や交感神経により筋肉が酷使されるスポーツでは、運動後に筋肉をリラックスさせる事が重要である。筋肉が弛緩すると血流が増加して十分な酸素と栄養素が供給され、傷んだ筋肉細胞の修復反応が増強されるからである。筋肉をリラックスさせて副交感神経を刺激するのは鍼灸マッサージのお家芸である。これは高齢者のサルコペニアやマイトペニアの予防にも有効なので、もっと日常的に広く利用されることを期待したい。
 藤沢市では市長が先頭に立って高齢者の鍼灸マッサージ利用を支援している。このような支援こそ生き生きとした健康長寿者を支援し、総医療費の削減につながると思われる。このような取り組みを全国に広げるには、鍼灸マッサージの効果を分かりやすく説明できる研究データーが不可欠であり、本会の重要なミッションと考えられる。

転載:月刊東洋療法264号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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