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医者いらず健康長寿処方箋㉚

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「人体のGPSと空間認知機能」

 生物は長い時間をかけて地球の環境に適応しながら進化してきた。地球の重力、磁力、太陽光などは生物の空間認識能に不可欠な要素である。地球は自転により磁場を生み出し、超低周波(7.5 Hz)の電磁波と共振(シューマン共振)している。ヒトがリラックスした時の脳波(α波) も7.5 Hzであり、人体も地磁気に共鳴してシューマン共振している。このため磁場が大きく変化すると感覚系が撹乱されて実体のない閃光が見えたり幻覚を持つことがある。
 生物磁石の歴史は古く、既に先カンブリア紀の時代から磁性細菌などにより利用されてきた。彼らは約50 nmの磁鉄鉱(マグネタイト)を含む細胞内小器官(マグネトソーム)を有しており、磁場を与えるとS極やN極に向かって移動する。動物もマグネタイトを持っており、鳩や渡り鳥は壺嚢と呼ばれる耳石器で地磁気を感知し、感覚毛細胞を介して脳へ信号を送って飛ぶ方向を判断している。渡り鳥が何千キロも旅をして無事に目的地に着き、伝書鳩が正確に巣に帰ってくることができるのも生物磁石のお陰である。
 生物の空間認識機構は、生体を構成する細胞の膜に極性を有する特異的蛋白質を配置する仕組みで進化してきた。皮膚の表皮細胞は石垣状の構造をしており、その細胞膜の近位と遠位にバンゴッホやフラミンゴと呼ばれる膜蛋白質を局在化させ、両者が磁石のS極とN極の様に相互に結合しながら皮膚の細胞に方向性を持たせている。前者は天才画家ゴッホの「糸杉」の渦巻き模様から、後者は片足で立つフラミンゴに分子構造が似ていることから命名された。頭髪に渦巻き様の配列があり、全身の体毛が特定の方向に配向していることも膜蛋白質の特異的配列に起因しているこの様な細胞膜蛋白質がプラスとマイナスの方向性を有する細胞内骨格と相互作用しながら、隣接する細胞同士の空間的相互認識を可能にしている。動物の内臓は左右非対称に配置されているが、これは胎児期に組織表面の鞭毛が旋回し、その推進力で組織が回転して内臓の配置場所が決定されているからである。このシステムを制御する分子モーターや繊毛が突然変異で障害されると、心臓をはじめとする内臓の位置が左右逆転するなどの奇形が生じる。
 この様な細胞間の空間的認識機構は神経ネットワークの形成機構にも利用されてきた。脳下垂体前方にある松果体は「第三の目」とも云われ、光応答能と磁気機能を有している。松果体は視神経からの光信号を検知してメラトニン、セロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質の代謝を介して精神状態を制御すると同時に、光応答性の生物時計として脳と全身の概日リズムをコントロールしている。この生物時計と磁場による空間認識能が統合され、世界を4次元的に把握する脳のGPS機能が誕生した。
 記憶に関与する海馬は、二地点間の距離、方向、位置、そこに存在する物やイベントなどを把握し、動物が空間を安全に移動する事を可能にしている。海馬のCA1領域には特定の場所を三次元的に認識する「場所細胞」と呼ばれる神経細胞がある。当初、場所細胞は視覚などと共役しながら空間情報を認知していたが、やがて脳内の独立した空間認知機構を進化させた。海馬の嗅内皮質には「格子細胞」と呼ばれる神経細胞も局在し、二次元平面上の特定の場所を認識し、自分が通ってきた経路などを把握している。この様な空間把握能力が脳内で独自の空間認知地図を構築し、過去の経験と組み合わせることにより詳細な位置情報を記憶している。哺乳類のGPS機能は種を超えた共通の神経アルゴリズムを利用しながら現在位置を把握している。ヒトも体内のGPS機能が無ければ日々の生活を無事に送ることができない。現代社会は人工衛星に依存するGPSシステムが無ければ成り立たないが、生物は既にカンブリア紀以前から体内のGPS機能を利用しながら生き続けてきたのである。
 海馬のCA1領域の神経細胞は精神的ストレスや虚血性循環障害により細胞死を起こしやすい。歳をとると物忘れがひどくなるのは、この神経細胞死により経験の想起や概念記憶が困難になるからである。海馬の嗅内皮質はアルツハイマー病患者で初期に機能が低下する部位であり、若年性アルツハイマー病では格子細胞の機能障害も顕著である。この様な神経細胞死によるGPS機能の低下が認知症患者の徘徊や迷子などの原因となっている。ストレスを軽減するツボや経絡は、海馬の神経細胞死を抑制して身体のGPS機能や認知機能を保護していると考えられる。この様な臨床例を経験された方々の情報を共有させていただきたいものである。

転載:月刊東洋療法267号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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