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医者いらず健康長寿処方箋(35)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「21世紀病の逆襲」

 時は1944年、連合軍がドイツ軍と戦ったノルマンディーは第二次世界大戦でも有数の激戦地であった。オマハビーチに最初に上陸した連合軍兵士たちの3分の1以上が上陸開始後の1時間で死傷し、最終的には勝利した連合軍側に無数の負傷者がでた。幸いにも多くのペニシリンを使ったお陰で多数の兵士の命が救われた。この経験から抗生剤の威力が広く認識され、感染症患者用に様々な抗生剤が開発されてきた。生活が豊かになった先進国では衛生観念が広く浸透して乳幼児死亡率が激減した。日本でも約70年間も戦争を直接経験することがなく、恵まれた時代を謳歌しながら寿命が大きく延びて世界の最長寿民族になった。一方、日本の若い世代では過剰反応的な不潔恐怖症が蔓延し、カビや細菌類を生活環境から徹底的に締め出す事が当たり前になってきた。これと期を同じくして若い世代では花粉症をはじめとするアレルギー疾患が増加し、今では人口の1/3以上が罹患する国民病となってしまった。この様な“異常事態”は、日本のみならず欧米先進国でも見られる共通の現象である。同じ時期に先進国で激増してきたもう一つの“異常事態”に肥満が挙げられる。2013年には世界の成人男女の約40%が肥満になっている。世界の肥満大国は最上位の米国を筆頭に、中国、インド、ロシア、ブラジル、メキシコ、エジプト、ドイツ、パキスタン、インドネシアと続く。現在、世界で激増しつつある肥満はアレルギー疾患は「21世紀病」とも云える。
 肥満は米国の南部で始まって東部や西部へと広がり、やがて世界的規模に拡散した。肥満が世界に拡散していく様相は速度が緩徐な感染症に酷似している。日本でもこの20年間に肥満者が増え続けており、成人男性の31%と女性の22%が肥満になっている。世界中に広がった肥満は健康や美容の大敵として様々なダイエット法や減量法が提唱されてきた。しかし、過去33年間に肥満を抑制する事に成功した国は皆無であり、数々の涙ぐましいダイエット法や減量法は全て失敗してきた。その失敗の理由は「肥満は炭水化物をはじめとするカロリーの過剰摂取が原因であり、これを少なくすれば予防できる」との誤解に基づくところが大きい。
 従来の栄養学では食物の摂取カロリーと胃腸での消化吸収のみが重視され、大腸に数百兆個も生息している共生細菌による代謝的影響は無視されてきた。近年、次世代シーケンサーをはじめとする遺伝子解析技術が進歩し、食事内容により腸内細菌叢が鋭敏に変化し、ホストのエネルギー代謝や免疫反応にも大きく影響していることが明らかになりつつある。興味深いことに、肥満のお母さんから生まれた子供は肥満傾向になり、肥満のパートナーを持つと自身の肥満リスクが170%も増加する事が明らかになった。更に、肥満マウスの腸内細菌を移植されると正常マウスが肥満になることが証明された。肥満は腸内細菌叢のバランス異常による感染免疫エネルギー病態だったのである。
 ヒトの腸内には醗酵細菌(旧名は善玉菌)、腐敗菌(旧名は悪玉菌)、及び日和見菌などに分類される1000種類以上もの細菌が数百兆個も共生しており、三者のバランスが約2:1:7の時が健康な状態である事から、現在では「三者の機能がバランスよく発揮される事によりホストの健康が維持される」と考えられている。事実、悪玉菌と思われてきたバクテロイデス菌は酪酸やプロピオン酸の産生を介して脂肪燃焼を促進させて肥満を抑制している。腸内細菌叢の多様性が広い人ではアッカーマンシア菌も多く、多量の短鎖脂肪酸が生じて腸粘膜が丈夫になり血糖値も安定する。逆に腸内細菌の多様性が低いと炎症性サイトカインやインシュリン抵抗性が高くなり、体脂肪率も増加する。
 腸内細菌叢のバランスを乱す最大の要因は悪食と抗生剤の乱用である。事実、乳幼児期に抗生剤を投与されると腸内細菌叢が変化して免疫能が異常になる。先進国では20世紀後半から多量の抗生剤が乱用され、スーパー耐性菌の出現が大きな脅威となっている。重篤な感染症では抗生剤を使わざるをえないが、最大の脅威は畜産業者による抗生剤の乱用である。当初、狭いスペースに過密状態で飼育していた養鶏業者が感染予防の目的で抗生物質を用い始めた。しかし、飼料に抗生剤を添加しただけで家畜が太りだすことが分かり、畜産業会での抗生剤乱用に火がついた。現在、米国では抗生剤の約70%が家畜に投与されており、これにより子豚では1日10%も体重が増加して出荷時間が2週間ほど短縮される。抗生剤を使用せずに現在の年間消費量を維持するには、鶏で4億5千万羽、牛で2千3百万頭、豚で千2百万頭も不足することになる。従って、畜産で抗生剤の使用を禁止すると食肉の値段が著しく高騰する事になる。現在、歪な経済成長を背景に食肉の消費量が激増している中国では、抗生剤の使用量が米国の10倍、日本の20倍にものぼる異常事態となっている。この非常識な抗生剤の乱用で8割もの児童が影響を受けており、1/3の児童で数種類もの抗生剤が検出されている。更に、抗生剤の体内蓄積率が高い児童では肥満になる確率も数倍高くなっている。中国の耕作地面積は全世界の約10%であるが、化学肥料は全世界の40%を使用しており、農薬の使用量も130万トンで世界平均の2.5倍である。中国の肥満者数は世界第2位となり、児童を含む高血圧患者も2億7000万人を超えている。この様な異常事態により中国では全ての抗生剤が効かないスーパー耐性菌が産生され続けている。最近ではバンコマイシン耐性菌の院内感染により病院が閉鎖に追い込まれている。現在、増加しつつある潰瘍性大腸炎、過敏性腸症候群、アルツハイマー病、パーキンソン病などにも抗生剤乱用による腸内細菌叢の変化が関与している可能性が示唆されている。21世紀病を予防して健康を維持するには腸内細菌叢の多様性を取り戻す事が不可欠であり、彼らの主食となる食物繊維を充分に摂取する必要がある。食物繊維の望ましい摂取量は1日約18g以上であるが、全成人が毎日3gの食物繊維を摂取するだけで約4000億円の医療費削減につながる。今、食の安全性を国際的に見直す必要が必要である。

転載:月刊東洋療法272号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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