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医者いらず健康長寿処方箋(36)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「身体と左右の視覚世界:見える世界と見たい世界」

 ヒトの体内には東西南北や上下左右を検知する無意識的GPS機能がある。脳の機能には顕著な左右差があるが、左右を連携させる脳梁により両脳が高次の連携プレーを行える様に進化してきた。その為に脳梁が太い女性では左右脳の相補機能は男性よりも高い。言語野は左側に偏在しているので、左側脳の血管障害では右側の手足の麻痺に加え、言語機能も障害されるリスクが高い。しかし、両側脳の連携が優れている女性は言語能力が高く、脳血管障害時でも言語障害のリスクは男性より低くて復元力も高い。子供の頃から男子が女子に口論でも歯が立たないのはこの為である。手足の運動は左右の脳で交差的に制御されているが、世の中には右利きが圧倒的に多い。右利きの国別比較では、アメリカが98%、イタリアが94%、台湾が97%、日本が89%と圧倒的に右側優位である。この左右差はヒトの進化の過程で右利きが生存に有利であった事から選択されてきたと考えられている。因みに、右利きの戦士は右手に武器を持って戦うので、相手は左側が攻撃に晒されて傷を負う確率が高い。心臓は胸郭の中央よりやや左側に変位しているために左側の負傷は致命傷になり易いと云われている。その真偽は不明であるが、ヒトでは左側の状況変化を認識して瞬時に対応する能力が生死を分けてきた。この様な選択圧が視覚脳をも共役的に進化させ、左側への無意識的認知機能が優れた個体が生存に有利であった。
 戦争の兵器が著しく進歩した今日では戦場でも腕力が生死を分ける機会は少なくなったが、左側優位の視覚特性は現代にも引き継がれている。例えば、車の運転手が夜間の交差点で横断中の歩行者を撥ねる事故では、被害者が右側から来た場合の方が左側から来た場合より3倍も多い。運転手には右側から近付いてくる歩行者には気付きにくいのである。この現象と関連して、トラック競技、競輪、競馬、ボートレースなどは全て反時計方向の左回りで争われる。この走行方向を逆にすると転倒事故が多発する。利き手と視覚的認識能力に左右差があるヒトでは、身体機能と視覚的機能を左右共役的に働かせる事により高いパフォーマンスを発揮できる。進化の過程では生存競争で必要性の低い情報は無視され、必要なネットワークが選択的に強化されてきたのである。
 カエルは大きな目玉を持っているが、視覚神経がパルス的特性を示す為に変化しない刺激に対しては反応しない。この為、物体が静止している世界は網膜に映っているが視覚脳には投影されないので暗闇なのである。彼らの視覚神経は常に受動的であり、ハエなどの餌やヘビなどの捕食者が視野に飛び込んできた時にだけ反応する。彼らは視野内の小さな動くものに対しては反射的な捕食行動を起こし、大きな動くものに対しては逃避行動を起こす。小さな動く獲物が視野内に入るとその方向に体を向け、両目で距離を測りながら射程距離に入ると反射的に大きな口を開けて瞬時に舌で絡め獲る。カメレオンの餌取り反応も同じである。カエルの餌取り反応も獲物の動く方向に関して顕著な左右差を示し、左から右に動く餌に対してはより鋭敏に反応する。しかし、彼らの世界に右利きや左利きがいるか否かは不明である。
 動かない物体は動物の脅威にはならない為に視覚脳は不動の物体に気付くようには進化してこなかった。視野の中の動きは近づいてくる捕食者や逃げようとする獲物を認識させ、これに対して視覚神経系が反応する。静止物体を見る能力でヒトの視覚系はカエルより遥かに優れている。ヒトの眼は見たいモノに向かって速やかに移動して注視する事が出来る。しかし、何かを注視している時でも眼は微妙に動き続けている。この僅かな眼球運動は固視微動(マイクロサッカード)と呼ばれる。ヒトの眼は常に固視微動を続けなくては機能せず、これが止まると視界は一瞬にして灰色になってしまう。ヒトは眼を常に動かし続けることにより網膜に映る静止画像を動的な情報に変換しているのである。特定の物体を注視している際にも眼が微動すれば視界全体が網膜上を移動することになり、これにより視神経の活動が誘起される。この微小な眼球運動により静止物体が視覚から消えるのを防いでいるのである。
 この固視微動は無意識的に隠された心を知るシグナルにもなる。この小さな眼球運動の方向は不規則ではなく、密かに注意を向けている物体の方向に偏っている。テーブルの上に美味しそうなケーキがある時や近くに魅力的な異性がいる時は、それらから目をそらしていても固視微動の方向や頻度から何処に注意が向いているかが判る。固視微動にはヒトの無意識的欲望や隠れた情動が表れるのである。瞳孔の大きさがアドレナリンによる情動変化を反映する様に、目の僅かな動きにも心の様相が表れる。「目は口ほどにモノを言う」と言われる所以である。
 物体を凝視すると網膜に映る画像が安定するが、視野の周辺部は次第に見えなくなる。固視微動がわずかに減少しただけでも視野周辺部の視覚能力は大きく低下する。しかし、ヒトはこの様な視覚的変化には気付かない。意識は注視している対象に向いており、視野周辺の見えにくい物には向いていないからである。動眼神経が麻痺して固視微動が起こらなくなると、細かい物を見る能力が著しく減退する。重度の弱視患者では固視微動の頻度が低下し、注視している物体や視野の広範囲が消えて見えなくなる。鍼灸マッサージでは顔面神経及び三叉神経第1枝の領域に晴明や太陽などのツボがあり、これらの刺激は眼精疲労や疲れに有効とされている。これらのツボの刺激は眼球周囲組織の血流を改善して視覚能力を支援している。

転載:月刊東洋療法273号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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