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医者いらず健康長寿処方箋(37)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「癌治療の実力」

 ヒトは約60兆個の細胞を有し、その遺伝子には加齢と共に障害が蓄積されるので高齢になると癌を発症しやすくなる。今日では日本の高齢男性の約半数、高齢女性の1/3が癌に罹り、癌が死因の第1位となっている。発癌には癌遺伝子と癌抑制遺伝子が重要であるが、これらは細胞分裂でアクセルとブレーキの役割を担う遺伝子群である。その遺伝子に突然変異が蓄積してくると細胞の分裂を制御できなくなり癌化する。放射線、タバコやアスベスト、ウイルスや細菌、及びストレスなど、DNAを障害する因子は日常の環境内に溢れている。
 体重が6トンもあるゾウはヒトの100倍もの細胞を持ち、ヒトと同様に70年以上生きる。しかし、彼らは癌に罹りにくく、癌で死亡する動物園のゾウは5%未満である。細胞の分裂回数や生死は個体の大きさや寿命などと深く関係している。代表的な癌抑制遺伝子であるP53は細胞の生死にも関与している。ヒトにはP53が2コピーしかないが、ゾウでは40コピーもある。P53が1コピーしか無いリ・フラウメニ症候群の患者は90%が癌に罹患する。この患者と健康人、及びゾウのP53を比較した結果、三者のP53遺伝子は放射線照射に対して同様に反応するが、ゾウのP53は損傷細胞を修復するよりもアポトーシスで自殺させる傾向が健康人より2倍以上、リ・フラウメニ症候群患者より5倍も高いことが解った。ゾウにも様々なストレスはあるが、喫煙や過剰摂取もしない彼らは癌予防と同時にDNA損傷細胞を排除する能力も優れており、これが癌で死なない理由である。
 胃癌や大腸癌では治療後に5年経過すると再発して死亡する率が低くなる為、5年間再発しなければ治癒したと見なされる。しかし、治療後5年を過ぎて再発するか否かは癌の種類によって大きく異なる。例えば、乳癌では5年経過後も再発して死亡する例が多く、何時までも再発しうる癌である。癌患者の生存率には「実測生存率」と「相対生存率」があるが、前者は癌以外の死因も含むために治療法の評価には実測生存率と期待生存率の比である相対生存率が用いられる。癌の全部位全臨床期の10年相対生存率は癌の種類により大きく異なり、胃癌では69%、大腸癌では70%、乳癌では83%、肺癌では33%、肝癌では15%である。
 近年、診断技術の目覚しい発展により、極めて小さな癌でも早期に診断できる様になった。又、癌に対する治療法も進歩して予後も改善されつつあると考えられている。大腸癌の生存期間は以前は診断後約半年であったが最近では3~5年となり、3~4カ月と言われていた胃癌も1~2年、予後が悪い膵臓癌でも1年~1年半になってきた。しかし、抗癌剤や手術による予後改善に関しては懐疑的な医者や研究者も少なくない。事実、前立腺癌や乳癌をはじめ多くの癌で検出率が著明に増加しているにもかかわらず、年次死亡率は改善されていないケースが多い。これには癌細胞の増殖特性や診断技術の進歩が関係している様である。癌細胞が生じても臨床的に問題となるサイズまで成長するにはかなり時間が必要である。このため癌の発見時期が早まる事により見かけの生存期間が延長されたかに見えることもあり、リードタイムバイアスと呼ばれている。
 正常細胞と癌細胞の生存原理は基本的に同じであり、猛毒の抗癌剤の殺細胞作用は癌細胞と正常細胞を区別しない。抗癌剤にはDNAを標的とする薬が多いが、その主要なターゲットは核DNAよりもミトコンドリアDNAが主体である。消化管、腎臓、心臓、神経系などの細胞は酸素やミトコンドリアが不可欠であるが、癌細胞はこれらが無くても生きていける。この為に大半の抗癌剤は正常細胞を強く障害する。これが抗癌剤の副作用の本体であり、良く効く抗癌剤は副作用も強いのである。副作用が少ない事をうたい文句にしている抗癌剤の多くは殺癌作用も弱いことが多い。この為に抗癌剤で治療されている患者のQOLは癌による組織障害と副作用のバランスにより決定される。この様な副作用を克服する目的で“分子標的薬”と呼ばれる抗癌剤が開発されつつある。その中でも価格が日本の保険医療制度を崩壊させ兼ねないとのことで話題になっている免疫チェックポイント阻害薬の抗体医薬オプチーボは、“副作用が少ない事”が強調されている。しかし、保険適用となった肺癌での有効性は10名中1~2名であり、高額な割にはその延命効果が意外に短い。本薬の日本での価格は米国の2倍、英国の5倍にもなっているが、欧米ではコストに見合う効果があるか否かの観点から保険適応は大きく限られている。今後、日本でも本薬の使用例が増えるにつれて真の実力が明らかにされるであろう。100年の癌治療史は敗北の歴史であったが、その夜明けは未だ遠い様である。

転載:月刊東洋療法274号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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