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医者いらず健康長寿処方箋(46)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「恋の賞味期限と遺伝子の継承戦略」

 ヒトとチンパンジーの遺伝子は約1.62%異なるが、この僅かな差異が圧倒的な文化を創成して両者の生活様式に劇的な差異を生み出してきた。約2万3千種の遺伝子を有するヒトでは性染色体のXとYに夫々1098個と78個の遺伝子が局在している。これは全ゲノムの約0.4%に過ぎないが、ヒトとチンパンジーとの遺伝的差異と較べるとかなり大きな差である。男女の特性が性染色体のみに依存するワケではないが、この差異が両者の考え方や行動におけるスレ違いやスッタモンダの主な原因となっている。これは原始狩猟生活における食物採取や育児の役割分担により培われながら両脳に刻み込まれてきた特性である。獲物を追いかけて広範囲を移動する男脳ではGPS的方角把握能力が強化され、子連れで狭い範囲を移動する女脳では些細な変化や仲間の表情などを読む能力が強化されてきた。“女は地図が読めない”と言うのは大きな誤解であり、世界を認識する方法が両脳で異なるだけである。両者の行動の大半は無意識的にコントロールされているが、それらに関与する脳の部位には顕著な性差が見られる。何事もシステム化して考える男脳と共感的に空気を読む女脳が協力する事により原始社会で食物を確保して子孫を残す事ができたのである。空気を読めない男脳を極限化すると自閉症的になり、複数の作業を同時並行的に処理できる協調的女脳が日常生活での主導権を握る事になった。
 女性の妊娠、出産、子育てには膨大なエネルギーが必要である。英語でLaborと称される出産は生死を賭けた重労働であり、一昔前までは母子共に命を落とすことも少なくなかった。本来、ヒトはシンドイ思いやメンドくさい事は避けたい生き物である。しかし、その思いが強くなり過ぎると種が絶滅してしまう。数百万年もの年月を生き延びてきた哺乳類は、この苦痛を乗り越えながら遺伝子を継承するために理性の麻痺装置を進化させてきた。その中心的役割を果たすのがドーパミンの報酬系である。この刺激が強くなると理性ではコントロールできない情動行動にかり立てられる。“恋は盲目”と言われるが、理性を麻痺させなければ恋は成就しないのである。しかし、この装置は賞味期限付きであり、多くの場合は1年程度で恋愛感情も薄らいでくる。この時期までに運良く子供を授かった場合は期限切れの麻痺装置を補完する脳内機構が目覚めてくる。愛情ホルモンのオキシトシンである。脳から分泌されるオキシトシンは子宮平滑筋を収縮させて出産を促し、赤ちゃんの鳴き声に反応したお母さんの乳腺では平滑筋が収縮して授乳を促進する。飢餓が日常茶飯事であった時代には子供が無事に離乳して独立できるには男女の出会いから最低4年の年月が必要であった。その時代には怪我や感染も日常茶飯事であり、感染症対策も生存に不可欠な課題であった。病原体から身を守る免疫力では多種多様な抗原に対応する為に抗体の多様性を拡大することが必須である。免疫の多様性を拡大する有効な手段は有性生殖により異質な遺伝子を融合させる事である。生涯に僅かな子供しか持てない哺乳類では乱交的遺伝子継承システムが生存を最適化する手段であった。事実、哺乳類では98%以上が乱交型であり、人類史でも一夫一妻制はキリスト教文明以後に始まった例外的制度に過ぎない。ヒトに近いボノボやチンパンジーはその典型であり、雌雄共に父親を同定する事ができない。この事が雄による子殺しを抑制して平和的に同族集団を増やす事を可能にした。人類も数十万年をかけてこの様な仕組みを進化させてきた。悠久の時空を超えて脳に組み込まれてきた本能は現代社会でもフル稼働しており、人々の生殖行動を無意識下で支配し続けている。文春砲などが世間を騒がせている不倫騒動などはそのささやかな一面に過ぎない。事実、一夫一妻制の現代社会でも世界の6割は婚外子である。民族、宗教、時代を問わず離婚可能な国々では、多くのカップルが子供が離乳する四年目に離婚のピークを迎えている。しかし、野生動物と較べて超未熟児状態で生まれてくる人間の子供は、離乳後も安全に生きていく事が困難であり、もうしばらくは親の保護を必要とする。ヒトはこのリスクを軽減するために様々な仕組みを進化させてきた。雄ではこの時期に愛情や愛着心を誘導するバゾプレシンの遺伝子が目覚め、家族を思う感情が強化される。家事や子育てに積極的な男性ではバゾプレシン受容体が多く発現しており、育メン行動が強化される。この時期にドンファン的に生きるかマイホーム的になるかはバゾプレシンの遺伝子次第なのである。しかし、オキシトシンやバゾプレシンだけでは未熟な子供を守るには不十分である。人類はキリスト教、イスラム教、仏教など、八百万の神々を脳内で誕生させ、あの手この手で様々な儀式や神通力を介して強力な社会的同調圧を創生しながらこの困難を乗り切ってきた。七五三の儀式は子供が3歳まで無事に育ってくれた事を祝うと同時に、家族の絆を再度強化して離婚のリスクを回避し、子供達の生存を最適化する為の遺伝子継承ソフトでもある。
 有史以来、人類は食欲、性欲、社会欲を三位一体化させながら遺伝子を継承してきた。しかし、ヒトを含む多くの動物は基本的には“自分ファースト”の生き物であり、状況次第で種の保存よりも個体維持を優先される事が少なくない。飢える事を忘れた現代のSNS社会では、承認欲求を代表とする社会欲がイージーに満たされる様になった。その代表例がフェースブックである。美味しいレストランの一品やささやかな手作り料理の写真をフェースブックにアップすると瞬く間に沢山の“いいね”が送られてくる。たわいもない出来事を掲載してもそれなりの反響があり、承認欲求が簡単に満たされる様になった。この様なバーチャル世界に絡み取られると、スレ違いが多くてメンドくさい儀式を要する男女の脳は直接的に交流することを回避する様になった。現在の日本では適齢期(?)の若者の半数以上が異性の友人を持たず、性体験も無いとの調査結果がある。人口問題研究所の推計では、2035年における生涯未婚率は男性で30%、女性で20%であり、有配偶率は男性で55.7%、女性で49.3%になると予測されている。これは人口の約半分が単身世帯である時代が到来する事を意味し、日本の人口が今世紀中に現在の半分以下にまで減少する予定である。欧米先進国の多くも人口減少に頭を痛めており、様々な対策がなされている。それらの国々の中でも出生率が2.0以上に上昇しているフランスなどでは、家族主導型の婚姻形態は絶滅状態であり、様々な煩わしさを排除した事実婚が主流となっている。しかも、出産は全て無料であり、子供を多く持つ母親への経済的支援は極めて手厚い。この為、世話のかかる面倒な宿六的男性は不採算的存在となり、懸命に尽くさなければお払い箱にされてしまう。これは人類が早期から形成していた母権性社会の復活である。母子を思い切り手厚く支援する事が賞味期限付き脳内ホルモンの機能不全を補完する唯一の処方箋である。行政はタレントや政治家の不倫を糾弾する同調圧的三面記事に振り回されず、数百万年に渡り脳が遺伝子を継承してきた本能の仕組みを学ぶ必要がある。

転載:月刊東洋療法283号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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