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医者いらず健康長寿処方箋(49)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「SNS時代の魔女狩りと社会的同調圧」

 ヒトを人たらしめてきたものは何であろうか? 人々は長い間その答えを求め続けてきた。哲学や宗教が隔靴掻痒の堂々巡りをしている間に、現代科学はヒトと大型類人猿のゲノムを比較解析する事により両者の根本的差異を明らかにしてきた。ヒトと類人猿の祖先が分離して久しいが、今でもチンパンジーとの遺伝的差異は僅か1.6%であり、2万5千種の遺伝子中で400種に過ぎない。この為に両者の身体的構造や古い脳の解剖生理学的特徴は酷似している。「進化は一創造百盗作」であり、僅かな遺伝子変異により似て非なる形態と機能を創生してきた。遥か昔の先カンブリア紀に繁栄した微生物達は無酸素環境の腸内を住処として今日まで生き延びてきた。実は、動物の遺伝子の多くは腸内細菌の遺伝子がホストに水平感染しながら構築してきた創造物なのである。“ヒトは遺伝子の乗り物”と云われるが、“ヒトは腸内細菌の乗り物”でもある。
 動物の行動を動機付ける脳内機構としては古皮質の報酬系神経回路が重要である。この回路はマウスからヒトまで共通のメカニズムで生命維持活動を動機付けしている。哺乳類の脳では酵素チロシンヒドロキシラーゼの遺伝子が発現し、報酬系伝達物質のドーパミンや興奮性ホルモン・アドレナリンなどの原料アミノ酸を産生している。興味深いことに、ヒトの脳で高次機能を担う新皮質でもこの遺伝子が強く発現して報酬系回路を活性化しているが、類人猿ではこの遺伝子が発現していないのである。「好きこそ物の上手なり」と云われる様に、心地良い報酬系は自己増幅的に機能を強化していく。ヒト特有の文化や文明も新皮質の報酬系により加速度的に進化したと考えられる。しかし、高度の文明を誇る我々の遺伝子は圧倒的にチンパンジー的であり、この保守的遺伝子と現代文明の衝突が様々な悲喜劇を誘起している。食気と色気は猿人に共通であり、ヒトもこの本能に牽引されながら生き残ってきた。フェイスブックの大半がご馳走や自撮りの写真で溢れているのもこの為である。誰でも簡単に情報発信できるSNS時代には虚々実々の情報が瞬時に世界を駆け巡り、不特定多数に大きな影響を与える。トランプが大統領になれたのも米国の人心がツイートにより簡単に操られたお陰である。
 今、世界ではハリウッドのワインスタインのセクハラ暴露を皮切りに“#Me too旋風”が吹き荒れている。これが地震源となり、ケビン・スペイシーやダスティン・ホフマンなど、名だたる名優の暴露記事がブレイクしている。30年以上も前のセクハラ疑惑に曝されている老優マイケル・ダグラスも忸怩たる思いであろう。政治の分野でもトランプ大統領からパパ・ブッシュ前大統領まで、芸術分野でも有名な音楽監督達が過去の暴露記事に翻弄されている。権力構造を基盤にしたセクハラや暴力的な強姦は被害者に深い傷を残す時効なき犯罪である。一方、三文週刊誌文春砲などが飯のタネにしている有名人の不倫などは当事者の個人的アムールである。セクハラとアムールは構造的に異質であるが、何も古皮質の報酬系と男性ホルモンのテストステロンを起爆剤としている。ちなみに、テストステロンが高い職業は、俳優、フットボール選手、政治家、外科医などであり、この順番に不倫遺伝子の活性も高い。芸能界のみならず、運動選手や政治家のスッタモンダが多いのも報酬系回路とテストステロンの宿命なのである。
 哺乳類の97%以上は乱交型であり、一夫一妻制は圧倒的例外なのである。これは多様な遺伝子を交配して免疫力を強化する感染防御戦略として進化してきた生物の宿命である。雄による子殺しを抑制する戦略としても機能してきたチンパンジー的乱交戦略は数百万年の時を越えてパンツを履いたサルにも脈々と継承されている。脳の新皮質が創生した文化的人格と古皮質が支配する下半身事情は別人格であり、キリスト教文明がもたらした一夫一妻制は反遺伝子的制度なのである。世界の子供の60%以上が婚外子である事実はこれを反映した生命現象である。
 妊娠や子育ての負担は男女間の圧倒的不平等で成り立ってきた。この不平等感を忘れさせる装置が恋愛であり、割りを食う女性が恋に落ちるには理性を麻痺させなければならない。この麻痺装置が古皮質のドーパミン報酬回路であり、これなくしてはヒト族も絶滅してしまう。人類史では約80%の女が子供を残してきたが、男で子供を残せたのは40%以下に過ぎない。我々は報酬回路で理性を麻痺させた二人の女とテストステロン的リスクを犯した一人の男の末裔なのである。大らかなチンパンジー的遺伝子継承システムがSNSの同調圧に翻弄されると人口動態にも大きく影響し、非婚晩婚不妊少子化のツケが回ってくる。日本は出生率1.4の絶滅危惧国家であるが、強かなアムールの国フランスでは2.2以上に回復している。最近の“#Me too”騒動に対して往年の大女優カトリーヌ・ドヌーブやブリジット・バルドーは“男が言い寄る権利と女の口説かれる自由も大切である。個人的アムールまで餌食にするSNS的リンチは現代の魔女狩りである”との意見を寄せている。さて、紳士淑女諸君、如何であろうか?

転載:月刊東洋療法286号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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