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医者いらず健康長寿処方箋(52)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも! ご連絡は下記URLより。
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健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「生贄を求め続ける医学的善悪論」

 医学研究では新しい発見があると流行が生み出され、メディアやSNSを介して多くの研究者や一般市民がそれに振り回される事が日常茶飯事となっている。数学、物理学、化学などの自然科学では“物事を善悪で考える事”はあり得ないが、医学分野では何かにつけて“善悪で考える事”が当たり前に行われている。過去数十年間に渡り目の敵にされてきた“悪玉活性酸素”や“悪玉コレステロール”などはその代表例である。しかし、活性酸素無くしては生命は存在せず、コレステロールには善悪はない。事実、体内のコレステロールの約60%は脳に局在して神経細胞膜を強化している。コレステロールの細胞膜強化作用無くしてはヒトの脳もチンパンジー以上には進化できなかった。コレステロールの残りの約30%は胆汁酸として食物中の脂肪の消化吸収や殺菌作用に不可欠であり、残りの大半はエストロゲン、テストステロン、コルチゾールなどのホルモンとして生命活動を支えている大切な物質なのである。血中で変化している大半の代謝物はその時々の生命機構を支える為の動的支援物質であり、夫々に大切な役割を担っている。科学としては極めて未熟な医学では魑魅魍魎の欲望が入り込む隙間が多く、特定の成分や現象を善悪に対立させて理解したい無意識的欲望が善悪論の温床となる。その追風となっているのが企業や研究者の未熟な競争心やネイチャー誌などの商業雑誌であり、それに追従する健康ビジネスである。
 長年に渡り悪玉視されてきた飽和脂肪酸やコレステロールが心血管病のリスクファクターではないことが判明し、厚労省の推奨していた卵の摂取量制限なども何時の間にか密かに撤廃されている。しかし、メディアではあいも変わらず“悪玉コレステロールを下げる商品”の宣伝が垂れ流しにされている。しかも、コレステロール降下薬は今でも製薬業界のドル箱となっているので、関連企業や動脈硬化の専門医達はコレステロールに代わる新たな悪役探しに奔走し続けている。最近、ネイチャー誌に「肉好き大ピンチ?赤肉は心臓病のリスク」と題する論文が発表され、卵のレシチンや赤身の肉に含まれるカルチニンなどが腸内細菌で分解されて生じるトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)がコレステロール代謝を阻害して動脈硬化のリスクとなる可能性が指摘された。コレステロール悪玉説が破綻した動脈硬化の研究者達はTMAOを新たな悪役とするこの説に飛びついた。確かにTMAOは肉に含まれるリン脂質のレシチンや脂肪酸代謝に必須のカルニチンなどが腸内細菌により分解されても生じる代謝産物である。しかし、このTMAOは築地や魚屋で鼻をつく特異的な魚臭の本体なのであり、肉よりも魚貝類に遥かに多く含まれている。事実、寒い海の底に生息するカレイなどには卵や牛肉の50〜100倍ものTMAOが含まれている。しかし、これらの魚貝類を食べても血中のTMAOが増えて心血管障害が増加することはなく、魚食で動脈硬化が促進される話も聞いた事がない。TMAOは魚貝類の腸内細菌プレヴォテラなどにより産生されるが、寒海魚を食べると心血管障害のリスクが抑制され、その抑制効果はコレステロール降下剤などよりも高いことが知られている。卵や赤肉がTMAOの主要な源ではなく、動脈硬化の促進因子であるとの説も誤りである。事実、卵の摂取は動脈硬化や脳卒中などの血管障害を抑制する事が証明されており、ビタミンC、E、B12や葉酸などを豊富に含む大切な栄養源なのである。興味深い事に、全粉粒穀物を多く摂取するベジタリアンの腸内ではプレヴォテラ菌が多く繁殖しているが、通常、肉食民族よりベジタリアンの方が動脈硬化に罹りにくい。ヒトでは血液中の余分なTMAOは腎臓の陽イオン輸送系により速やかに尿中へ排泄されている。動脈硬化や心臓血管障害における“TMAO犯人説”は科学的根拠の無い思い込みである。
 医学研究では類似の誤解による魔女狩り的対応が幾度となく繰り返されてきた。黄疸の原因物質であるビリルビンや痛風の原因とされている尿酸なども強力な抗酸化作用を有する重要な生体保護分子でもある。ヒトは長寿と引き換えに痛風に罹る様になったとの考え方もある。体内に変動する多くの内因性物質は夫々に重要な機能を担っており、善悪論で一元論的に考える事は危険である。実は、上記ネイチャー誌に掲載された“動脈硬化におけるTMAO悪玉説”の論文研究にはコレステロール降下薬の主要販売会社であるメルクやファイザーなどが多額の資金を提供していた。コレステロール抑制剤は高脂血症や動脈硬化が恐れられる程使用されやすくなる治療薬なので、これらが使われるには動脈硬化の研究が盛んになる事が重要である。医学論文の内容を客観的に評価する際には医療経済学的背景にも十分注意しなければならない。

転載:月刊東洋療法289号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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