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医者いらず健康長寿処方箋(54)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


 井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「汎動物学的血圧論」

 太古の生命は深海の熱水鉱床近くで誕生したバクテリアの様なモノであり、やがて彼らから多細胞生物が生まれた。その体が大きくなるにつれて、心臓や血管を持った魚類の様な体型の動物へと進化してきた。海では浅い場所から1万m近い深海にまで分布する魚類の身体にかかる水圧は深度に応じて大きく変化する。深い場所では高い水圧で身体が押し潰される可能性があるが、彼らの身体の内外には水圧の差が無い為にその様な不具合は起こらない。どの様な深度でも中性浮力を維持できる魚類は、低い血圧でも血液を楽に循環させることができる。事実、魚類の血圧は20〜40mmHgと驚くほどの低血圧である。海水には高濃度の塩分が含まれているが、魚類は血圧を変化させる仕組みを持たないので、いくら塩分を摂取しても高血圧にはならない。しかし、彼らが両生類となり大気圧がかかる陸へ上がり、哺乳類へと進化すると事情は一変した。身体の大きさや形態により血圧が大きく変化したのである。
 哺乳類の血圧はネズミ、ウサギ、イヌなどでは約110mHg、ヒトでは120、ウシでは160、ゾウでは240、そしてキリンでは260mmHgにもなる。キリンでは心臓が地上から約3mの高さにあり、脳はさらに2mも高い場所にあるので、粘度の高い血液を脳に十分に届けるには2m以上もの水圧が必要となる。彼らが頭を下げて心臓から3mも下にある水を飲む際には、その静水圧に血圧が加算されて480mmHgもの圧が頭部にかかる。一方、その体勢から一気に頭を持ち上げると頭部の血圧が激減して脳貧血に陥りかねない。これでは水を飲んだり高所の餌を食べる度に脳貧血と脳卒中を繰り返すことになる。しかし、そこは良く出来たものであり、彼らの頸静脈には血液の逆流を防止する静脈弁があり、後頭部には奇驚綱と呼ばれるダムの様な血管網があり、脳血流量が激変しない様に緩衝装置として働いている。彼らが水を飲む時は奇驚綱が血液を取り込んで脳へ一気に流入することを防ぎ、首を上げた時には逆に血液が放出されて脳貧血を防いでいるのである。
 首が短くて奇驚綱や頸静脈の逆流防止弁が無い直立歩行の人間には下肢の静脈に逆流防止弁があり、下半身の浮腫を防いで脳への血流を確保している。宇宙へ行く際には全身に大きなG(重力加速度)がかかるので、脳血流の変化が最小になる様に進行方向に垂直になる体位でシャトルに乗らなければならない。また、無重力の宇宙空間では、正常血圧でも下半身の血液が上半身に移動して脳の過剰血流に悩まされる。しかし、時間が経つと心拍数はそのままで血圧が約10 mmHg程度低下した状態で落ち着き、身体が逆立ちしても顔が赤く腫れたり浮腫に悩まされることはなくなる。
 血圧は脳が必要とする栄養と酸素を確実に供給できる様に脳の血圧中枢で厳密に制御されている。この為、加齢により動脈硬化が進むと年齢に応じて血圧が上がる様に制御されている。以前は正常な血圧は“年齢+90 mmHg”と規定されていた。年齢に応じて血圧の正常値を変えるこの発想は今でも大変優れた考え方である。老若男女の正常血圧を年齢に関係なく140mmHgと規定する現在の日本の基準は誤りであり、年齢や動脈の状態に応じて個々人の正常血圧を決めるべきである。特に高齢者では、不用意に降圧剤を用いると脳の酸欠と栄養不足を招いて認知症を加速させる危険性がある。
 哺乳類では体重に応じて心臓の重量や心拍数も大きく変化する。例えば、心臓の重量はネズミで3g、ヒトで300g、キリンで10kg、ゾウで20kg、シロナガスクジラでは640kgにもなる。本川達雄氏の「ゾウの時間ネズミの時間」によると「体重が大きくなると寿命が長くなり、心拍数は少なくなる。しかし、いずれも心臓が約15億回拍動するとお迎えが来る」との事である。事実、1分間の心拍数はネズミで約500回、ウサギで200回、イヌで120回、ヒトで60回、ウマで40回、ゾウで30回である。これに対応して寿命はネズミで2年、ウサギで4年、イヌで13年、ライオンで30年、ヒトで〜90年(…ん?)、ゾウで約80年である。確かに野生動物は“総心拍数15億回限界説”に従って寿命を迎えている様である。しかし、これでは人間は約26歳でお迎えが来ることになる。確かにこれは有史以前の野生的人類の寿命である。野生動物としての寿命限界を50年以上も超えた現代人は、文明や文化を武器にして快適な環境内に自己を封じ込めて家畜化した人工的生命体なのである。人生はトレードオフである。寿命90歳時代を迎えた現代人は、文明の恩恵と引き換えに様々な病気を抱え込むことになった。21世紀病とも言える様々なアレルギー疾患や加齢と共に増加する癌はその代表的疾患である。


転載:月刊東洋療法291号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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