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医者いらず健康長寿処方箋(65)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


 井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
 ご連絡は下記URLより。
健康科学研究所HP http://www.inouemasayasu.com/seminar/

「視覚の無意識世界と生物の生存戦略」

 眼はカンブリア紀に獲得した芸術作品であり、動物の生息環境に応じて特異に進化してきた。種により見える世界は大きく異なり、その事が彼らの生存と遺伝子継承を最適化してきた。森の中を飛び回る鳥は木の枝にぶつからない様に視覚情報を高速処理している。鷹の目は5Kmも離れた高所からウサギなどの獲物を見つけ、1Kmの上空からカエルの様に小さな餌を正確に判別できる。彼らの眼は望遠鏡の様なズーム機能を備えており、レンズの焦点距離が長いので網膜上に大きな像を結ぶことができる。網膜の中心窩には色を感知する円錐細胞が多く、ヒトの16倍以上の感度で豊かなミクロとマクロの色彩世界を認識している。鷹の視細胞はヒトの8倍(約150万個)もあり、血管に富むひだ状の櫛膜により映像を鮮明化している。一方、色の無い暗闇の世界で生きているフクロウなどはレンズの口径を大きくして集光量を増やしている。この為に眼球を動かす筋肉のスペースが無くなるが、彼らは頭を左右に回転することにより視野をカバーしている。夜にライトを当てると眼が光る夜行性動物の眼底には反射鏡が有り、ヒトの50倍以上も感度が高く、暗闇でも獲物をハッキリと識別できる。
 一般に鳥や昆虫の羽は色鮮やかであり、彼らはヒトの想像を超える極彩色の世界を観ている。彼らは紫外線も見ることができ、これを利用して花の蜜の在処を検知したりコミュニケーションしたりしている。モンシロチョウの羽は雌雄共にヒトには白く見えるが、鱗粉の分子配列特性により彼らには雄は黒く雌は白く見え、遠くからでもパートナーを探す事が可能である。極彩色のフキナガシフウチョウには紫外線で光り輝く長い飾り羽があり、これもパートナーの獲得に重要な役割を果たしている。鳥や昆虫の目には偏光グラス様の機能もあり、そのお陰で鵜は夜の水中でタイマツの光りに反射した魚を捕えられる。魚の魚眼レンズは広範囲を見渡せるが水面近くを認識する能力は低く、上方から襲ってくるハンターには狩られ易い。
 動物の視覚特性を比較すると生息環境下における生存戦略が見えてくる。ヒトの90%以上は右利きであり、これと関連して視覚にも左右差がある。何十万年も死闘を繰り返してきた人類では相手が右手で持った武器により左側から襲われることが多く、これに速やかに対応しなければ生き残れなかった。この様なバイアスからヒトの視覚脳は左側の情報を認識しやすいように進化してきた。ドライバーが横断歩道の右側から来た歩行者に気付かずに撥ねる事故が多いのはこの為である。この左側優先の視覚特性はデパートやスーパーでの商品陳列法などにも利用されている。棚の左側に陳列された商品が売れ筋なのである。
 ヒトの脳には毎秒1000万ビットもの情報が入ってくるが、脳の処理能力は毎秒50ビットが限界であり、大半は無意識下でスルーされている。ヒトでは情報が圧倒的に視覚優位であるが、その際には動くモノを優先的に認識している。カエルの脳も静止した餌には反応せず、それが動いた瞬間に捕捉する様に制御されている。動くモノは天敵や獲物などであり、それに速やかに対応しなければ生存が脅かされるからである。ヒトの脳も動く物を優先的に認識する様に進化してきたが、動眼神経と多数の筋肉により広範囲を見る事ができると同時に、眼球を小刻みに振動させるマイクロサッケード運動により静止した物体でも動体と同様に認識できる。しかし、この仕組みは時間と共に鈍麻していくので、静止物体はやがて意識下に沈んで行く。ボンヤリと風景を眺めていると様々な物が見えなくなるのはこの為である。女性は他者から注目され続ける為にこの不視化現象を回避する戦略をファッションなどに取り入れてきた。耳飾のイヤリングは“ベイト”とも呼ばれるが、これは魚釣の疑似餌の意味でもある。ルアーフィッシングではベイトの揺らぎ方で釣果が大きく左右される。揺らぐイヤリングやポニーテールは狩猟的男脳を無意識下で刺激し続けるデバイスなのである。この揺らぎの効果を確信犯的に利用したのが左右差のあるハイヒールで闊歩したマリリンモンローである。米国の若者や兵士、アーサーミラーやケネディー大統領兄弟までもヒップが揺れるモンローウオークに熱狂したのはこの揺らぎ効果の為せる仕業であった。
 鮨は江戸前の庶民のファーストフードであったが、これが格式化されて板前が握った寿司を右手で摘むのが粋な作法となった。一方、熟鮓が主流であった上方では、「元禄」の亭主・白石義明氏が寿司を低価格で提供する為にベルトコンベアをヒントに回転寿司を発明した。回転寿司は今や世界中で人気のスポットとなっている。目の前で料理を動かして無意識脳を刺激し、それが届かなくなる直前に手を反射的に伸ばさせるシステムである。無意識下で飽きさせずイラつかせずに反応させる様に移動速度を毎分4.5 m程に設定している。この様にヒトの行動の多くは無意識的視覚脳に支配されているのである。

転載:月刊東洋療法302号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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