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医者いらず健康長寿処方箋(67)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


 井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!

「抗生剤乱用時代と温故知新療法」

 ペニシリンも発見当初は軍の貴重な専用品であったが、第2次世界大戦中に大量産生法が発明され、大戦後の米国ではヒトのみならず鶏や家畜を過密状態で効率よく飼育する為の感染予防目的で大量に使用され始めた。その抗生剤が抗菌作用のみならず家畜の成長を促進して出荷までの期間を大幅に短縮する事が分かり、以後は成長促進剤として大量に使われる様になった。この成長促進効果が世界中の畜産業者に利用される様になり、今では北欧の特定の国を除く大半の業者が抗生剤を大量に使用している。近年、経済大国にのし上がった中国での家畜用抗生剤使用量が世界一となり、それを米国や南米が追いかけている。現在、世界中で生産されている抗生物質の8割以上が家畜の成長促進剤として乱用されている。この為に最新の抗生剤も効かない超多剤耐性菌(スーパーバーグ)が出現して世界に広がり続けている。これらの多剤耐性菌の中には人畜共通の病原菌も含まれており、医療現場への大きな脅威となっている。
 近年、ハイテク医療機器が完備した欧米先進国の医療現場では抗生剤の乱用によるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、シュードモナス、クラブシエラなどの多剤耐性菌が増加し続けている。この為に多剤耐性菌に感染した患者では単純な傷の治療にも抗生剤が使用できず、それによる院内感染の頻度も増加して深刻な非常事態が日常化しつつある。最悪の場合は閉院に追い込まれる事も少なくない。現在、この様な多剤耐性菌に対処する目的で抗生剤とは作用機構が異なる菌制圧法が模索されている。
 塩には優れた抗菌作用があり、生モノを塩漬けにすると腐らないことから食物保存に古くから利用されてきた。これは高浸透圧の塩が細胞の代謝に必要な水を奪って生命活動を抑制する作用に起因する。しかし、傷口に塩を塗ると強烈に痛むので人体の消毒には利用できず、捕虜の拷問などに塩塗布が利用されてきた。砂糖は塩と同様に古くから食物の保存に利用されてきたが、高浸透圧でも痛みを誘起することなく細胞から水を奪って生命活動を抑制する。砂糖はこの様な機序により病源菌の活動も抑制することから傷口の治療法として古くより利用されてきた。砂糖を傷口の治療に用いた歴史は古く、古代イタリアではハチミツと共に湿布に塗って汚れた傷口や切傷を消毒していた。高価な医薬品が買えないアフリカや発展途上国などでは今でも砂糖が民間療法として利用されている。
 最近、アフリカ出身の医師が砂糖の殺菌効果を再検討し、体液が浸出したり壊死組織が残っている傷口に砂糖を塗る治療法が極めて有効である事を示し、入手可能な市販の砂糖が全て強い抗菌作用を示す事を報告した。塩や砂糖と似た抗菌作用のある天然物としてはハチミツも利用可能であり、数千年前から世界中の伝統医療で用いられてきた。現在でもオーストラリアやニュージーランドで生産されるマヌカハニーはかさぶた形成を促進させる目的で傷口の治療に利用されている。マヌカ樹の抗菌成分メチルグリオキサールを含むマヌカハニーは浸透圧的制菌作用に加えて直接的抗菌作用も有している。事実、スプーン数杯のマヌカハニーの経口投与で虫歯菌、歯周病菌、ピロリ菌、およびインフルエンザウイルスなどが有意に抑制される事が報告されている。近年、ピロリ菌の保菌者を抗生剤で一律に除菌するガン予防治療法が進められているが、この除菌法では腸内の共生フローラが無差別に排除されるのみならず、除菌後に様々な有害事象が誘起される事が判明しつつある。強力な抗生剤で除菌するよりも、腸内フローラの共生関係を障害しない安全な予防治療法が必要である。一方、ハチミツには破傷風菌の胞子が含まれている事もあり、離乳期の乳幼児同様に免疫力の低下している患者には利用できない。天然の治療薬として西洋弟切草(セントジョーンズワート)やニームオイル(西洋センダン)をベースにした軟膏はヒトへの利用が認められており、傷口、潰瘍、床ずれの処置などに利用されている。AIやハイテクロボットによる診断や治療法がクローズアップされている現代医療でも、感染症は未だに最大の脅威であり続けている。20世紀後半はペニシリンをはじめとする抗生物質が医学の黄金時代を築いたが、患者への安易な投与と畜産業界による乱用により様々な超耐性菌が出現し、再び抗生剤誕生以前の感染症脅威時代を再来させつつある。この様な時代には抗生剤とは異なる制菌作用を有する温故知新的な予防治療法の再評価が必要である。農業における農薬乱用、医療における抗生剤乱用、そして環境から微生物や臭いを徹底的に排除する不潔恐怖症的生活様式を再考する事も今世紀の大切な医学的課題である。

転載:月刊東洋療法304号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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