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医者いらず健康長寿処方箋(75)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


 井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
ご連絡はURLより。 http://www.inouemasayasu.net

「スペインの貴夫人とコロナのインフォデミック」

 2019年暮に新型コロナウイルスCOVID-19が武漢を襲い、瞬く間に世界中へ拡散した。翌年3月上旬までに中国を中心に100ヵ国以上で約11万人の感染が確認されて約3,800人が死亡した。イタリアでは7,375人が罹患して366人が亡くなり、韓国では6,284人中42人が死亡した。日本でもクルーズ船を除く495人の感染が確認され、高齢者を中心に8名が亡くなった。その後も感染は拡大し続けて3月18日には150ヶ国以上で約21万人の感染者と8,784人の死者が確認され、多くの国々が非常事態宣言を出している。現時点ではCOVID-19の死亡率(1~3%)はインフルエンザ(0.01%)より遥かに高いと思われているが、“PCR検査を受けていない無症状感染者”も多いので実際の致死率はかなり低いと考えられる。ヒト型コロナウイルス(HCOV)には4種類が知られており、大半の幼児はこれらに感染して抵抗力を獲得している。その多くは無症状で経過するが、偶に発症すれば“風邪”に罹ったと診断される。“風邪は万病の源”であり、特に高齢者では肺炎で死亡する事が多い。HCOVと2002年広東省で発生して約8,000人の罹患者中800人が死亡した重症急性呼吸器症候群(SARS;死亡率10%)と2012年に中東や韓国などで約2,500人が感染して860人が死亡した中東呼吸器症候群(MERS;死亡率40%)を加えると、COVID-19は7番目に確認されたコロナウイルスである。SARSでは中国政府の情報隠蔽により多くの犠牲者を出して首都北京がパニック状態に陥った。COVID-19もコロナの仲間である事から、メディアに煽られた恐怖心が世界中で入国制限、営業自粛、外出禁止などを誘発して極めて深刻な二次被害を拡大し続けている。
 災害時に不確かな情報や数値がメディアで拡散されて独り歩きすると過剰なヒステリー反応を誘発しうる。日本でもマスク、消毒用アルコール、トイレットペーパーなどが店頭から消え、病院の必需品まで不足する事態に陥っている。関東大震災でも“朝鮮人が井戸に毒を入れた”とのデマがアッという間に広がり、約7,000名もの人々が自警団に虐殺された。今回の最大のリスクはパンデミックではなく、メディアに煽られて恐怖感がヒステリー反応を暴走させる“インフォデミック”である。
 人類の歴史は感染症との戦いであり、病原体は永遠の宿敵である。パンデミックでは事態を歴史的に俯瞰視する事が大切である。因みに、米国では毎年数千万人が季節性インフルエンザに罹患して約3万人が死亡し、日本でも約2千万人が感染して約1万人が亡くなっている。感染史では百年前の第1次世界大戦中に猛威を振るった“スペイン風邪”が様々な教訓を与えてくれる。このインフルエンザウイルス(H1N1)は米国カンザス州で兵士に感染し、シカゴからボストンを経由してヨーロッパの戦場へ運ばれ、瞬く間に世界へ広がった。当時、中立国で戦時報道管制の無かったスペインからこの感染情報が発信された為、米国生まれでありながら“スペインの貴婦人”と呼ばれた。当時の世界人口は約15億人であり、5億人が感染して1億人以上が死亡した。この貴婦人は軍艦に乗って極東にまで訪れ、横須賀港から上陸して日本全土へ広がっていった。当時の日本人口は約5,500万人であったが、短期間に約40万人もの国民が犠牲となった。この大戦では約1,700万人の兵士が戦死したが、貴婦人の犠牲者はそれを遥かに上回っていた。このパンデミックにより徴兵可能な男子が激減して大戦の終結が早まったとも言われている。
 多数の人々が世界中を目まぐるしく駆け巡るグローバル社会では病原体も一緒に旅をしているので空港や国境で彼らを完全に封じ込める事は不可能である。武漢の貴婦人が短期間で五大陸へ拡散したのもその為である。新興病原体は抗体の無い人々に感染し、変異で弱毒化したり集団免疫力が確立されると流行が下火になる。毎年晩秋に目覚める季節性インフルエンザも2月頃にピークを迎えて桜の季節と共に収束していく。今年はコロナ騒動のお陰で手洗いなどが広まり、インフルエンザの患者や死亡者が例年と比べて著明に減少した。簡単な手洗と過密状態の回避が貴婦人への正しいオモテナシなのである。今回は唐突な休校措置が行われたが、インフルエンザでは数千万人が感染して20%以上の生徒が発症した場合に1週間程休校すると流行を抑制できる事も知られている。新興感染症では想定外の惨事も起こりうるが、歴史は“人類が感染症のリスクを確実に軽減してきた事”を示している。世界的に深刻化しているインフォデミックに翻弄される事なく“感染症を正しく怖がる俯瞰的視野”で冷静に対応する事が大切である。日本では感染症に対処する疾病管理予防センターの設立、デジタル化によるWeb教育やテレワーク及び働き方改革の促進、更には病的過密通勤地獄の解消など、グローバル時代の感染症対策としても有効な課題が山積みである。

転載:月刊東洋療法312号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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