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医者いらず健康長寿処方箋(78)

健康科学研究所所長・大阪市立大学医学部名誉教授 井上正康


 井上正康先生は、癌や生活習慣病を「活性酸素」やエネルギー代謝の観点と、地球や生命の歴史という大きな視野で研究されている国際的研究者です。現在、多くの府県師会主催の公開講座で講演され大好評を博しています。ぜひ貴師会でも!
ご連絡はURLより。 http://www.inouemasayasu.net

「ポストコロナ時代の免疫パスポート」

 2019年暮れに武漢で誕生した新型コロナウイルスSARS-CoV2はジェット機に乗って北半球の国々を訪れ、次いで米国や南半球へ移動しながら瞬く間に地球全体に拡散した。彼らの影響力は訪問先や民族により大きく異なり、国境閉鎖や厳しいロックダウンを行った欧米先進国などでは数ヶ月間で40万人近い死者を出した。その後冬に向かう南半球の国々でスペイン風邪並みの猛威を振るい続けている。一方、不確かな感染者数に翻弄されながら政府が迷走した日本では死者数が驚異的に少ない事を世界中が不思議がっている。これに対して安倍首相は“日本式対応の素晴らしい成果”と宣伝し、麻生大臣が“日本人は民度が違うから!”と迷言して世界を絶句させた。裸の王様達でもベトナム、カンボジア、インドネシアなどではコロナによる死者が見られず、台湾、韓国、中国などでも百万人当たりの死者数が日本と同様に少ない事はご存知のはずと思うのだが!? 王様達が舵をとる日本丸の乗員として、ポストコロナ時代を逞しく生きる為には東アジアでのコロナ死亡率が驚異的に少ない事の理由を正しく理解する必要がある。
 ヒト型コロナウイルスは大別して7種類あり、そのうちの4種は土着コロナHCOVで我々が子供の頃から罹ってきた風邪の病原体である。今世紀初頭に発症したSARSやMERSも強毒型に変異したコロナウイルスによる重症の呼吸器疾患であり、今回の武漢風邪COVID-19は7番目の新型コロナの仕業である。代謝系を持たないウイルスから身体を守る防御機能の主力は免疫系である。コロナの感染にはウイルス表面のスパイク蛋白が細胞の受容体に結合する事が不可欠である。ACE2と呼ばれるこの受容体は肺の血管で血圧を制御する蛋白質と考えられてきたが、実は全身の臓器で様々な機能に関与し、コロナの侵入路としての役割も担っている事が明らかになった。風邪をひくと味や嗅いが判らなくなる事が古くから知られているが、これはスパイク蛋白が鼻粘膜や舌のACE2受容体に結合して作用するからである。土着コロナによる風邪と同様に新型コロナの感染でも味覚や嗅覚の障害が初期症状である。スパイク蛋白の基本構造は全コロナ株に共通であるが、新型株ではその一部が突然変異して受容体への結合力が増強している。オーストラリアでの抗体検査により、新型コロナウイルスに感染した患者の約85%に新型株と弱毒株に対する抗体が生じており、異なるコロナ株に対して交差反応を示すことが判明している(Nature, 2020)。風邪には何度も罹る事から免疫的記憶期間は短い様であり、感染する度に速やかに抗体価を上げる必要がある。一方、SARSの回復患者では血中の抗体が数年間も高く維持されるので再感染しても軽症で済む事が知られている。興味深い事に、SARSにより中国や韓国で8,000人もの死者が出た際に日本では一人の死者も認められなかった。今回のコロナ騒動を経時的に解析すると、1月から2月にかけて中国から第一波として弱毒株が上陸し、その後に第二波としてEUなどから強毒株が入ってきて3月初旬から死者が出始めたが、桜の開花と共にアウトブレイクする事なく自然に収束した事実が診えてくる。これらの現象の時系列は、土着コロナによる毎年の免疫刺激に加え、第一波の弱毒株がコロナへの免疫力を強化させ、その後に入ってきた第二波の強毒株を交差免疫的に排除した事を示唆する。今回の休校措置、緊急事態宣言、東京アラートなどは壮大な空振りであり、土着コロナや第一波の弱毒株による交差免疫が新型強毒株から日本人を守ってくれた“神風”であった事が窺われる。
 新型コロナは大半の東アジア人にとっては風邪のウイルスであるが、高齢者や生活習慣病などの免疫弱者には少しリスクの高い病原体である。しかし、今も世界中で新たな変異株が誕生している可能性があり、やがて第三波としてそれらが日本に上陸した際にも今回の様な“神風”に恵まれる保証はない。現在、世界中で100種類以上のワクチンが開発中であり、約10種類が臨床試験中である。スパイク蛋白に対して多様な中和抗体が生じると重症化せずに治癒すると同時に再感染や他人に感染させるリスクも激減する。新型コロナウイルスの脅威は国や民族の免疫的背景により大きく異なるので、ポストコロナ時代に国境を越える際のみならず高齢者施設や医療施設などでもワクチンや抗体検査による“免疫パスポート”が必要になると思われる。
 厚生労働省は7,950人の抗体検査で新型コロナ感染の陽性率が東京で0.1% (1人)、大阪で0.17% (5人)、宮城で0.03% (1人)である事を6月17日に発表した。この極めて低い陽性率と5月末の累積感染者数から推定される高い感染率との間には整合性が見られない。神戸の抗体検査では新型コロナウイルスの流行前でありながら既に3.3%が陽性者であり、推計4万人以上の神戸市民がコロナウイルスに感染していた事が判明している。厚労省の抗体検査陽性率が感染の実態よりも遥かに低い理由は、コロナ株に対する多様な抗体の中で新型強毒株の変異部位とのみ反応する特異抗体を検出している為かもしれない。土着コロナや弱毒株と新型強毒株との免疫的交差反応は重症化や他者への感染を抑制する為の極めて重要な武器である。日本人のコロナウイルス抗体の全容を俯瞰的に解析する事により、やがて訪れる可能性の高い未知の第三波に対して今回の様な過剰反応をせずに必要かつ有効な科学的対応策を準備しておく事が日本政府や医学研究者の緊急課題である。

転載:月刊東洋療法315号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

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