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Dr.タコのお気軽クリニック 「取り戻そう身体感覚」342号

夜道で女性が斬りつけられたり、中学生が突然何者かに殴られたり、あるいはながらスマホによる事故も急増しています。被害にあった方には心からお悔やみ申し上げますし、犯人には強い憤りを覚えます。ただ、タコは多発する事件の裏に、若者たちの身体感覚の衰えを危惧するのです。

 断定的なことはいえませんが、暗い夜道を歩いていて、後ろからなにものかが近づく気配を感じた場合、普通であれば振り返って正体を確認するであろうし、女性であれば離れて身構えるくらいの防御姿勢があってしかるべきではないでしょうか。
 そもそも「気配を感じる」ことが鈍くなっていないだろうか。スマホを見ていたり、ヘッドホンをつけていたりすること、それ自体が自らの感性に蓋をし、レーダー感知装置を切っているのと同じことになります。
 細道から道路へ左右の確認もせず飛び出す自転車には驚くし、歩きスマホをする人に至ってはまったく無防備と言ってよく、不安を感じないのだろうか、とこちらが不安になります。ついに、踏切でスマホを見ていて事故にあった人まで出現して、危惧は現実のものとなっているようです。
 TVゲーム、スマホ、リモートワークにVR(仮想現実)と、これらにさらされるうちに、生得の身体感覚が鈍磨してしまったのでしょうか?
 それだけ日本は安全な国だと喜んでいられる情勢ではなくなっています。元総理の銃撃事件を示すまでもなく、電車の中で熟睡する無防備な姿は、外国人にとっては驚きなのです。ニューヨークでは素面で歩いていた同級生も一発殴られて金を奪われたそうです。政治家ならばSPに任せればいい(!)かもしれませんが、やはり自分の身は自分で守るという意識は必要ですよね。
 能のとある名士は、駅のホームで壁を背にスキのない格好で立っていて、理由を尋ねられると「常にどちらの足にでも重心をかけられるようにして、いつなんどき突き落とされそうになっても対応できるように身構えているのだ」と答えたそうです。日本もすでにそんな大仰なとは言えない状況です。
 知らない人をホームから突き落とす事例は日本でも報告されるようになりました。ただ、想定しているかいないかで、結果は大分異なります。交通事故でも、全く気づかなかった場合より、一瞬でも想定して身構えたほうが随分受傷の重症度が変わるそうです。
 巷では健康ブームが続いており、免疫力を高める食事とまで言い始めています。身体を気遣うのはけっこうですが、それがあまりに肉体のケアに偏重していないでしょうか。
 歩き方から姿勢、周りに対する気配りや身体感覚といった、いわば本能的な、生物としてのサバイバル能力を研ぎ澄ますという視点が欠けているのではないでしょうか。この感覚は、自分が健康なのかどこが病んでいるかを感じ取る感覚にも通じると思います。ただ病気に怯えるのとは全く違うのです。
 僭越ながら、鍼灸に従事しておられる皆様は、この感覚が人一倍研ぎ澄まされておられるのではないでしょうか。「患者様もしかして腎臓が悪いんじゃないですか」みたいな、ドラマの見過ぎかもしれませんけど。
 タコはこのようなセンスを取り戻そうとアナウンスしたいのです。取得ではなく取り戻す、つまり生物としてもともと備わっている能力だと確信しているのです。
 平和と飽食で心身共にお花畑にいるといわれそうな日本ですが、TVドラマやマンガ(宮本武蔵もの)のおかげか、若者たちの中で武道などに興味を持つ人が増えているそうです。
 武士道まで行かずとも、子供たちには屋外での冒険的な遊びも身体感覚を取り戻すのには大事だと考えます。大人には生き延びるのに必要な身体感覚を鈍らせないすべを子供たちに伝えていく責務があると思うのです。
 かくいうタコは極真空手の道場に通い始めて11年目。少々蹴飛ばされたり叩かれてもなんとも思わなくなりました(もともと軟体動物ですけど)。ちびっ子の入門者が増えているのは嬉しく頼もしいかぎりなのです。

転載:月刊東洋療法342号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

Dr.タコ  昭和40年生まれ、慶應義塾大学医学部卒。田んぼに囲まれたふるさとで診療する熱き内科医。

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