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Dr.タコのお気軽クリニック 「物語の医療とは」344号

 外来の患者さんから、家庭での悩みごとをうち明けられることがあります。子供に年金を取り上げられる、夫がひどく殴る、娘に無視されるなど、いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス=家庭内暴力)でしょうか。これらが患者さんの病状に深刻な影響を及ぼし、病気の原因となっている方もたまに見受けられます。

 最近の医療ではEBM(エビデンス・ベイスド・メディスン)という考え方が主流です。治療法の選択には疫学(統計)的研究の土台が必要という立場です。
 この病気にはこの薬の有効率は何パーセントである。この薬は根拠となるデータがないので使っても無意味である、など。新型コロナのワクチンや新薬の報道では、この立場の報道が多かったと感じます。確かに医療経済的にも大事な観点でしょう。
 ただこの立場には抜け落ちていることがあります。治療に当たる医者の個性や患者さんとの対話・信頼度などを考慮していないのです。
 同じ病院でもペーペーの新米医者に診てもらうのと、沢山の弟子医者に見守られて大学教授に診察されるのと、満足度としてどうでしょうか?環境や先入観、いわゆるバイアスが働いているということなのです。
 ただの小麦粉でも「良い胃薬です」といって処方すれば何割かの人には有効で、これを偽薬効果といいます。こういうと「人を騙して商売するのか」と叱責されたこともありましたが、薬に依存している方の治療法などとして、副作用の心配がなく効果が認められている医学的に正式な手法なのです。逆に、偽薬以上の効果が認められないと新薬として認められないほどです。
 なぜそんなことがおこるのでしょうか?「病は気から」というだけあって、精神的なストレスが症状の原因の一部になっている場合などは特に、薬を飲んだという安心感(それによる免疫能や自律神経の改善など)である程度緩和されるのかもしれません。
 最近EBMに対して注目されるようになったNBM(ナラティブ・ベイスド・メディスン)という考え方があります。ナラティブは物語などと訳され、患者さんが語る体験の物語から、病にいたる文脈(ストーリー)を解釈し、抱えている問題に全人的にアプローチしようとする臨床の手法です。DVにみられるような背景や人間関係を、聞き取り読み解くことが、病気の原因の解析、治療・癒しには有効かつ不可欠であるとする考え方です。
 「そんなことあたり前じゃないか」といわれそうですが、問診と診察だけが手段であった昔に比べて、最近は検査機器が次々と開発され、物質として身体を検査する風潮が先行しているように思います。それに頼るあまり対話が軽視されがちなのではないでしょうか。
 その結果、医者がパソコン画面に入力しながら「検査は異常ありませんでした」「ではどうして痛いんでしょう」「そんなはずはありません」とか、「まず○○検査だけお願いします」みたいな、一方通行の会話が生まれてしまう気がします。
 今では医学教育にも患者さんとのコミュニケーション技術を磨くという時間が取られています。これまでは医者個人の技量に任されていたと言っても過言ではありません。患者さんの物語を傾聴し解釈する技術は、臨床医技能の中核だということが再認識されているのです。
 ただNBMは決してエビデンスを否定するものではなく補完するもので、まさに「車の両輪のようにあるべき(故日野原重明先生)」といえます。
 実際には、何か問題を抱えているようなのに、なかなか口を開いてくださらない患者さんを前に、自分の技量のなさや人格の未熟さを痛感することもしばしばです。
 多くの病気が生活習慣病といわれ、外来が警察や裁判所のように懲罰的な場所になりがちですが、医者である前に一人の人間として、交流の場としての病院は、患者さんが心を開いて幸せになれる場所でありたいと願うのです。

転載:月刊東洋療法344号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

Dr.タコ  昭和40年生まれ、慶應義塾大学医学部卒。田んぼに囲まれたふるさとで診療する熱き内科医。

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