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Dr.タコのちょっとエッセイ「野球審判道」 354号

WBCでの日本の優勝、大谷選手の大活躍、夏の甲子園と野球は絶えず話題ですね。かつて息子が中学の硬式野球チームに入ったとき、ひょんなことから審判をやることになりました。タコは学童野球くらいで、経験はほぼゼロに等しかったのです。


 予想に反してじつは野球の審判は必ずしも経験豊富な人がやるとは限りません。小学校ではオヤジのなんちゃって審判で許されていましたが、公式大会にも参加するので正式なユニフォームもあり、回を重ねると球審(主審)も任されるようになりました。講習を受けて資格を取り、それも毎年更新が必要なのです。
 野球のルールブックは手に入れましたが、法律本のようで読んでもさっぱり分からず、ジェスチャー(審判同士の合図のやりとり)やフォーメーション(審判同士の連携の動き)を覚えるため、DVDを見てネットで勉強しました。
 わかったのは同じ苦労をしているオヤジ達が全国にたくさんいることでした。確かに小中学生の野球部の子を持つ親は無数にいて、同じ悩みを持っているわけで、その同志が作ったブログが沢山見つかりました。野球放送を見ると、選手よりもつい審判の動きに目がいくようになりました。
 審判では20年以上のベテランから新米まで区別はしません、ある意味すぐ先生と呼ばれる医者と同じです。試合開始1時間前には球場入りしてミーティング、その後グランド整備やライン引きもします。
 試合中は2時間ほど立ちっぱなしで、球から目を離せない緊張が続きます。硬式球なので打ち所が悪ければ死ぬのです(実際打球が当たって亡くなった審判もいるそうです)。
 炎天下ではかなりしんどいです。選手と違って交代できませんし、トイレ休憩も難しい。今年の酷暑で試合中に熱中症になった審判のニュースも多く目にしました。正直、審判がこんな重労働だとは知りませんでした。しかも弁当が出るだけのボランティアが多く、目立たないのに非難されがちな、地味な裏方なのです。
 それでも続けられたのは勿論苦労ばかりではないからです。グラウンド上で選手のプレーを間近で見ることができる、メンバーと一体化した臨場感・緊張感はスタンドからの応援では得られない経験です。
 またネット裏で繰り広げられる監督、コーチ、父兄達との四方山話、他チームの審判との交流。審判と言っても様々な職種の人がいます。医者は珍しいのか病気の相談をされたりします(笑)。そして選手からの気持ちのいい挨拶、ナイスジャッジ(稀に)!の喜びも続ける原動力です。
 試合が終了するとすぐに反省会です。お互い指導したり、良い動きを褒めたり。何回やっても完璧はなく、集中、勉強、改善の繰り返しなのだと、ベテランの話に頷きました。
 試合に参加させていただくうちに、自分なりに審判に求められるものが少しわかった気がします。「正確な判断、とっさの動き、迷いのない仕草、とぎれない集中力、公平中立な立場。感情に流されない、貸し借りを入れないジャッジ。その裏付けとなる、生涯勉強・経験の積み重ね」などなど。
 いずれも「審判道」と呼んでいいような修練の場です。してみれば医者の仕事も「医師道」かもしれないな、そう思いました。
 ある日、無理がたたったのかギックリ腰になってしまいました。ここらで少し休めということか。「タコの腰ってどこなんだ?」という突っ込みは無しで、トホホ。

転載:月刊東洋療法354号
公益社団法人全日本鍼灸マッサージ師会

Dr.タコ  昭和40年生まれ、慶應義塾大学医学部卒。田んぼに囲まれたふるさとで診療する熱き内科医。

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